〈お知らせ〉【人間科学科】地域文化史で江別市内フィールドワークを実施しました

【人間科学科】地域文化史で江別市内フィールドワークを実施しました

10月19日(金)、人間科学科専門科目『地域文化史』の授業として江別市内のフィールドワークを実施しました。
科目担当者の瀧澤 正先生から実施報告がありましたのでご紹介します。

今回のフィールドワークでは、江別を中心とした地域において営まれてきた、人々の暮らしの歴史をたどるという科目の目標に照らして見学場所を設定しました。参加学生には、江別市域の5万分の1地図とフィールドノートを渡し、地図には行程と見学地点を、ノートには説明と感想の要点を記入するよう指示しました。学生は、前講で明治19年に作成された地形図(5万分の1)、松前藩が作成した「元禄御国絵図」を示して江別の地形の概略と藩政期の「位置」などを予習しています。
大学を出発したバスは函館本線に沿って野幌駅を通過し、「登窯」のあとを車窓から確認、「千古園」に向かいました。ここは明治初期に新潟県から入植した「北越殖民社」のリーダー関矢孫左衛門の屋敷跡です。

「千古園」を見学

「千古園」を見学

「上川丸」の模型

「上川丸」の模型

次は「江別河川防災センター」です。ここは千歳川と石狩川の合流点であり、エベツ発祥の地点です。バスは千歳川を面前にして江別市街を望見する場所に停まりましたが、車中から「屯田兵村」の景観を描いた絵(『江別屯田兵村史』所収)を見ながら当時を想像しました。センター内にある、「上川丸」の実物大(?)模型をみて、かつての石狩川舟運の状況も実感しました。学生は、館内の展示から、ここが石狩川流域の木材集積地であることや水害の歴史を知ることになりました。
次に、「江別古墳群」を通過し対雁河畔の「樺太アイヌ移住地跡」を訪ねました。明治9年に樺太アイヌ840余人が強制的に移住させられた場所です。現在、その痕跡はなにもありませんが、開拓使の作成した地割図面と写真から対雁製網所や対雁教育所などの位置を推定しました。
予定ではこの後江別市共同墓地内の「樺太アイヌ慰霊碑」を訪ねることにしていましたが、時間の関係で残念ながら見学はできませんでした。
通常の講義時間を昼休み時間に延長して2時間の計画としましたが、江別地域の歴史は、到底これに収まるわけにはゆかない幅と深度があります。     
樺太アイヌ移住地跡を訪ねる

樺太アイヌ移住地跡を訪ねる

  • 発行日: 2012年11月05日
  • 札幌学院大学 教務課 人文学部人間科学科
    • 住所:江別市文京台11番地
    • 電話番号:011-386-8111
    • ファックス番号:011-386-8113