平成18年度入学式 式辞

札幌学院大学 学長 布施晶子

軒をつく雪もようやくに溶け、肌を刺す北風も柔らかなそよ風に変わりつつあります。北国の桜はいまだ眠りの中ですが、梅も桜も辛夷も木蓮も一斉に開花する北海道の春がすぐ近くまで来ています。心弾む嬉しい季節、今日ここに、2006年度札幌学院大学の入学式を挙行するにあたり、式辞を述べさせていただきます。

ご入学おめでとうございます。今日この日まで、影に日向に、お子さまの成長を見守られてきたお父様、お母様、御家族のみなさま、お子さまの新しい門出を心から祝します。おめでとうございます。

2006年度、札幌学院大学大学院への進学者は、法学研究科、臨床心理学研究科、地域社会マネジメント研究科合わせて40名、学部への入学者は、商学部商学科、経済学部経済学科、人文学部人間科学科、英語英米文学科、臨床心理学科、こども発達学科、法学部法律学科そして社会情報学部社会情報学科、五学部八学科合わせて1,155名、総計1,195名が晴れて、札幌学院大学の門をくぐります。

なかでも、人文学部こども発達学科に入学された学生諸君、新学科の第一期生としてのご入学を祝します。これまで、北海道内の私立大学において小学校教員一種免許状を取得できるところはありませんでした。今年、本学を含めた二大学が新しく船出をいたします。現在の日本では、未来を担うこどもたちは必ずしも幸せな状況にはありません。本学での研鑽を経て、小学校の教員だけでなく、地域の子育て支援、特別支援教育等、さまざまな分野に、こどもとかかわるエキスパートが巣立っていくことを期待しております。

新入生の皆さん、今年は、わが大学にとって大事な年です。大学の礎(いしずえ)をなす札幌文科専門学院設立から60周年を迎える節目の年です。1946年、15年の長きにわたる戦争が終わった60年前の日本に、戦地からアジアの各地から、若者たちが帰ってきます。街は灰燼(かいじん)に帰し、食糧難とインフレは、彼らの学業の再開を難しいものにしていました。しかし、平和が回復され、長い間抑圧されてきた知的なるものへの渇望が、若者たちの勉学意欲をかき立てます。ここ北海道においても、人口が増えつつあった札幌に文科系の高等教育機関がなく、加えて、当時の食糧事情が道外への若者の異動を困難にしていました。こうした事情のもと、この地に文系の学校を育てたいという夢を膨らませる若者たちと、彼らを応援する若い教職員が協力して、札幌市の中島公園に、本学のいしずえとなる札幌文科専門学院が創設されます。敗戦の翌年のことです。雨漏りのする粗末な校舎に集う若者たちの中には、カ−キ色の軍服姿、元神風特攻隊員の白絹のマフラ−姿、きらきらと目を輝かせる粗末な洋服の女子学生の姿もみられました。札幌文科専門学院は、男女共学の学び舎としてスタートしました。1946年5月22日付の北海道新聞は「男女共学の学園・文科専門学院生る」という見出しで札幌文科専門学院の開学を報じています。

第二次世界大戦の廃墟の中から産声を上げた学園において、命と平和を大事にし、一人一人の個性を尊び、自分の頭で考え、自分の責任で行動する人間を育てたい、日本の、そして北海道地域社会の担い手となる若者を育てたいという理念に基づいた教育が熱心に繰り広げられました。その伝統は、やがて、1950年開学の札幌短期大学、1968年開学の札幌商科大学へとしっかりと引き継がれ、1984年には札幌学院大学と改称、道内における文系総合大学としての地歩を固め、今日を迎えるに至りました。再来年には大学開学40周年を迎えます。本日の入学式に参列された院生・学生諸君と共に、学園創立60周年、大学創立40周年を祝えることを心から嬉しく思います。

札幌学院大学の教育目標は「自律した人間の育成」「豊かな人間性の育成」「社会を担いうる人間の育成」「専門職業人の育成」です。意欲をもって学び、豊かな人間性を身につけ、自らの職業と人生を主体的に切り拓き、社会に貢献できる人間を育てることを目標としています。それは、札幌文科専門学院以来の伝統を踏まえた教育目標です。

昨年、亡くなられた詩人・茨木のり子さんは、その詩、「よりかからず」のなかで次のように歌いました。

もはや 
できあいの思想にはよりかかりたくない
もはや 
できあいの宗教にはよりかかりたくない
もはや
できあいの学問にはよりかかりたくない
もはや 
いかなる権威にもよりかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれくらい
自分の耳目 
自分の二本足のみで立っていて
なに不都合なことやある
よりかかるとすれば
それは
椅子のせもたれだけ

出来合いの思想、出来合いの宗教、出来合いの学問に寄りかからず、自分の意志を大事にし、自分の頭で考え、主体的に行動する自律した人間になるためには、率直に言って山程の学習と山程の体験の積み上げ、そして自己との格闘、他人や自己が所属する組織との葛藤が必要です。率直に言って、私が茨木さんの詩と恐れることなく対峙できるようになったのはここ10年ほどのことです。

大学は、自律した人間を陶冶するための一里塚に過ぎません。しかし、高校から大学にかけての時期は、皆さんが精神的な自立へむけて大きく羽ばたく、まさに出発(たびだち)のときに当たります。自分の耳目の確かさを信じ、社会における自分の居場所を決め、その居場所に自分の二本足でしっかりと立つためのスタートラインを決めるのが高校であり、大学です。とりわけ、人類の遺産に学ぶ豊かな教養を身につけ、自己と対決しつつ、強靭な精神と肉体を創る大学の四年間は大事です。そのためには、たくさんの書物や資料の読破と同時に、皆さん一人一人を理解し、皆さんの個性を尊重し、その人間的価値を認めてくれる人との出会いが大切です。

本学には220名を超す専任の教職員がおります。非常勤を加えますと500名を超す教職員が働いています。その中には、必ずや、あなた達一人ひとりと波長があい、あなたたち一人一人の人間的価値を認めてくれる人がいましょう。講義やゼミで響きあうものを感じたときには、直接に研究室や事務室のドアを叩いて下さい。学内には、さらに、4,000名近い上級生、今日ここに集う1,000名を超える同級生がいます。加えて、60年の歳月に学園を巣立った同窓生は4万名を超えんとしています。その中には、自治体の首長として記憶に残る先輩、議員として東奔西走中の先輩、企業の責任者として八面六臂の活躍のさなかにある先輩、教育界や医療・福祉の領域でがんばっている先輩、マスコミの第一線で体を張っている先輩、スポーツの世界で記録と戦っている先輩もいます。この間のトリノ・オリンピックにも、リュージュとカーリング競技に皆さんの先輩が出場、その活躍のさまは、テレビや新聞に大きく取り上げられました。皆さんは、札幌学院大学への入学によって、たくさんの新しい出会い、人と人との絆のきっかけを得ました。大学時代の友人は一生のつきあいです。自分の胸のうちを語り合いましょう。自らの心を解放(ときはな)さなくては、友人もまた胸のうちを語ってはくれません。早速始まる合宿オリエンテーションでの出会い、クラスやゼミ、自治会活動、クラブやサ−クルそしてボランティア活動等を通しての、友人たちとのつきあいが深く豊かであることを願っています。

いま、国際社会にはきな臭い匂いが立ち込めています。世界のあちこちに一触即発の危険な地域があり、富めるものと貧しきものの格差も縮まる兆しをみせません。自然環境も悪化の一途をたどっています。国内に目を向けても、若者が希望を持って未来を語りうる環境からは程遠い状況にあります。昨年、マス・メディアを賑わしたライブドア事件、耐震偽装事件等々は、端なくも、金銭至上主義的な日本人のモラルの一端をあぶりだしました。こうした時であるからこそ、若者には、自分の目的意識をしっかり持ち、自分の耳目を磨き、自分の二本足をより強靭に鍛え上げ、自らを偽らぬモラルを堅持して、生きていくことが期待されていると考えます。

札幌文科専門学院、札幌短期大学、札幌商科大学そして札幌学院大学と引き継がれてきた、一握りのエリートのための教育の場ではなく、広く国民に開かれた教育の場としての学風、学生一人一人を人として尊ぶリベラルな学風。この学風の下で、伸びやかに青春を謳歌しつつ、豊かな人間性、シャープな知性に裏打ちされた自律する個を鍛え上げてください。いま花開く時を待っている桜の蕾が、春のそよ風のもとでいっせいに開花するように、札幌学院大学の学風のもとで自らのもてる力を開花させてください。

21世紀の日本を、世界を築くあなた達若者の未来に、平和とより明るい展望が開けることを願い、そのために私たちも努力することを誓って、私の式辞といたします。

ご入学おめでとう。札幌学院大学は、新入生諸君の入学を心から歓迎いたします。

(2006年4月4日 於:北海道厚生年金会館) 

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