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心理学で見る 歴史の裏

偉人と発達障がい

発達障がいとは、医学的には神経発達症といいます。脳神経の発達や成熟の順序や強い弱い~脳神経の得意不得意やものの見方感じ方が平均的な人とは異なっており、そのためさまざまな特徴や個性が表れると考えられています( なお、発達障がいに対して、平均的な発達をする人を定型発達者などといいます。)
たとえば、発達障がいと呼ばれる症候群の中には、AD/HD という名前のものがあります。AD/HD と診断をされる方には、定型的な人よりも不注意・多動・衝動性などの3つの特性が強いと言われています。そしてそれらが異なる程度で混ざり合った個性として一人一人に表れます。神経発達症はみな、脳神経のさまざまな得意不得意が、いわば虹の連続する七色のスペクトラムのように混ざり合った色合いの表れなのです。
このように発達障がいは定型発達者に比べると様々な色合いの強い個性として表れるものなのですが、もちろんそれは現在の社会の中では生き辛さにもなることがあります。と、同時に、人によってはその脳の個性の違いや、ものごとを見る視点の違い、独特な発想の力などを生き生きと活用していくこともあり得るのです。

「発達障がい」の偉人

とてもよく仕事のできる方の中には、日常的にも社会的にもバイタリティあふれ、様々な物事に興味関心が向き、まずはやってみようと体が動き、いくつもの物事を同時並行に進めていけるようなタフな方がいます。そのような方の中には、元来のその人の脳の特性~多動性や衝動性~を上手に活用したと考えられることがあります。
実は歴史上の偉人にも、そのような強い特性がある人はたくさんいます。アインシュタインもエジソンも子どもの頃は変わった子だったとか劣等生だったなどと伝記にも書かれています。その変わったところの一つに、平均的な定型発達の方なら特に疑問に思わないようなことに鋭い興味を向けて探求をするような特徴があります。たとえば初等教育の中で学ぶ算数、
1+1=2
を、定型発達者はなんの疑問を持たずにそのまま納得するところでしょうが、エジソンは泥団子一個と泥団子一個をくっつけたらやはり泥団子一個ではないかと、なるほどもっともな矛盾点をみつけるなど、ひと味違うものの見方をしていました。もちろん定型発達の方がたくさんいる学校の中では、個性が強すぎて生き辛さにつながることもあったのかも知れません。ですが、あちこちの大学の先生や専門技能を持つ方の中にはこのような様々な色合いの強い個性をうまく生かしている人が多いのでは?なんて言われることがあるのです。

たくさんのプチ偉人がいるのかも

最近モデルや小説家の方などメディアに出る方の中で発達障がいの診断を受けたことを告白される方が増えてきました。また、ミュージシャンの方にも、子どもの頃に言葉のコミュニケーションが苦手で、そのぶんリズムや独特の感受性として、ご自身の特性を際立たせていったと自覚されている方がいらっしゃるようです。もしかすると人とは異なるご自身の脳の個性が、モデルやアーティストとしてのセンスを拡げるのに役だったのかも知れません。
ある有名なハリウッドスターが、神経発達症のひとつの限局性学習症であると言われています。このハリウッドスターは文字を読むことが困難なディスレクシアという限局性学習症だったようです。そのため台本を覚える時に自分で読めないというご苦労があるようですが、しかし、もしもその特性を彼らが子どもの頃からいつも生き辛さとしてばかり体験していたなら、大人になるまでに小さく小さく人前に出ない生き方を選んでいたかも知れません。もしそうなっていたら、いくつもの名作映画に私たちは出会うことはできなかったでしょう。様々な脳の個性がありながら、それらが皆、小さな宝物として十分に愛され伸びることで、世の中にはさまざまな才能やセンスを持った小さな偉人の力が多様に発揮されていくのかもしれません。
ココロちゃんココロちゃん

教員からのコメント

「障がい」という言葉に対して「健常」という言葉がありました。その素朴な二つの分け方をしていた時代から、今はヒトの中に様々な個性や特性が幅広い連続体としてあり、その多様性の中に一人一人が存在していると考える時代になってきました。全ての人には多かれ少なかれ脳の機能の凸凹がありますが、だからこそ一人一人がonly one の生き方を開花させるチャンスがあるともいえるでしょう。凸凹を大切にする様々な多様性が認められる社会は、全ての人の生き辛さを軽減し、映画以外にももっと面白い世界を作っていくこととなるでしょう。そんな世界にしたいと思いませんか?
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