人文学部

Faculty of Humanities

人文学部報4号(1996年4月発行)

1996.04.01

人文学部報

メディア・人・社会

本間 富雄 Tomio Honma

ジョージ・オーウェルが、スペイン市民戦争、第2次大戦の地獄を見たあと書いた小説が『1984年』である。それは、テレスクリーンという、受像器と監視カメラを兼ね備えた装置によって、民衆の意識と行動が、情報の送り手の意のままに操作される社会を描いた未来小説である。
 現実の1984年は、放送衛星が打ち上げられ、アメリカから日本へ、インテルサットにより、CNNニュースが送られ始めた年であり、日本国内では、テレビ受像器と電話回線とファクシミリを結ぶINS(高度情報通信システム)の実験が始まった年でもあり、この年は、マスコミによって「ニューメディア元年」と呼ばれた。その後、キーワードが「マルチメディア」から「インターネット」の時代へと変わる中で、社会情報システムも、人間関係も大きな地殻変動を起こし始めている。
 大企業が大量の情報を大衆に向けて一方的に流すという従来のピラミッド型マスコミ社会から、個人が電話回線を通して、不特定多数に直接呼びかけて、それぞれ独自の情報ネットワーク環境を作って行くという網の目型情報社会が、しだいに形成されている。景気低迷の中ひとり半導体産業が経済を活性化し、そのソフトが人間の思考パターンや、性格や、行動様式まで大きく変えようとしている。
 昨今、PHSや携帯電話が普及し、前を歩いている人が突然誰もいない虚空に向かって、大声で話し始めるのをしばしば見かける。一瞬その人にとって、目の前にいる私は存在しないし、私は彼と別の時空に置かれる。
 遠くにいる人間を魔法のようにリアルタイムで身近に引き寄せるこの送話器というふしぎな道具を発明したのは、トーマス・エジソン(1847—1932)である。白熱電灯、蓄音機、活動写真その他、現代文明の主要なメディアの装置は、彼の発想によるものである。1884年、それはニューメディア元年からちょうど百年前、彼は、金属や半導体を熱するとその表面から電子か飛ぴ出す現象を発見し、それは「エジソン効果」と名付けられた。
 ちなみに、彼の学歴は小学校中退であり、母親からものの見かたを学んでいる。私はここであえて大学教育の意義を過少評価するつもりはないが、行き詰まった社会状況を切り開いて行くのは、型どおりのシステム教育を受けた者よりも、好奇心いっぱいの「パソコンおたく」や、画像情報の興味に取りつかれた「アニメおたく」のようなタイプではないかという思いが強い。

1995年度学位記授与式 -人文学部第16期生 200名が卒業-

  1995年度の卒業生に学位記を授与する式典(卒業式)が、3月15日北海道厚生年金会館で挙行された。95年度は全学で1,140人の学士が誕生した。人文学部は人間科学科127人、英語英米文学科73人の計200人が卒業を認められ、人文学士の学位記を手にした。これにより人文学部のこれまでの卒業生合計は3,035人(人間科学科2,111人、英語英米文学科924人)となった。
 95年度の卒業率(4年次在籍に対する卒業割合)は人間科学科は79.4%(前年度は84.7%)、英語英米文学科は89.0%(前年度は83.1%)となっており、昨年と比べて英語英米文学科は卒業率が上昇し、人間科学科は若干低下した。

フォーラム人文』を創刊 「特集 人間・その生と死」

  人文学部は学部開設20年を期して次代を展望した学部の再構築を目指しているが、その一環として学部で取り組まれた研究教育に関する新しい試みや議論の成果を学内外に発信するために『フォーラム人文』を創刊した。学部には研究教育の成果を発信するものとして学部紀要、学部報、北海道文化論など多数の発刊物があるが、『フォーラム人文』はその名のとおり、様々な議論と試行実験が必要な研究教育活動について問題提起することを目的としている。
 創刊号は「特集 人間・その生と死」を取り上げている。これは昨年5月6日から連続11回江別市大麻公民館で開かれた第16回札幌学院大学土曜公開講座の講義内容を収録したものである。人間の生死をめぐる問題は多面的な問題を孕んでおり、諸学の共同と総合が必要とされる課題である。この問題を人文学部「人間の生と死を考える懇談会」の協力も得て、人文学部が担当となった昨年度の土曜公開講座でとりあげた。人文学部の各分野のスタッフの他、法学部のスタッフや学外から臨床医、末期看護の専門家の協力を得て、その問題の一端にアプローチしたものである。公開講座聴講への期待やアンケートでの反響の大きさもあり、講座に参加されなかった方々にも共有していただく意義もあると考えて収録した。
 希望者は人文学部教務に申し込むと入手できる。

1996年度 入学試験結果

  96年度本学の全入学志願者は、11,666人で前年度より1,229人減少した。人文学部人間科学科は全体で1,744人と、前年度より若干減少したが、推薦入試は増加して競争率が高まった。英語英米文学科は全体で683人と前年度とほぼ同じ志願者数で、減少傾向に歯止めがかかった。

特集 教育改革 

  大学改革をめぐる議論がなされて久しいが、本学の改革論議もようやく具体化の段階に入った。このほど人文学部再編計画の最終報告が教授会で承認された。また、96年度から「一般教育」改革による全学共通教育が開始された。人文学部にかかわりの深いこの2つの「教育改革」にスポットを当ててみた。

 


人文学部の新たな発展をめざして「人文学部再編計画最終報告」まとまる

  本年4月に人文学部開設20年を迎えた。この間、とりわけ1986年以来、数次にわたり検討機関が設置され、人文学部の現状と将来についての検討がなされ、学部の新たな発展方向が模索されてきた。
 今回は人文学部再編計画委員会(委員長酒井学部長)が1年半にわたって「学部再編計画」を検討し、このほどその最終報告が教授会に提出されて承認された。再編計画は、これまでの論議を発展的に継承しながら、21世紀初頭の10年までに、なすべき学部の将来の基本的課題を提示しているが、これを受けて学部の将来計画の具体化が進められることになった。

学部内外の変化とそれへの積極対応

  学部開設以来研究教育の諸活動が重ねられ、一定の社会的評価を得ていることは、近年の18歳人口の減少にも拘らず、人文学部への志願者が増加していることに端的に見られる。しかし、本学が昼間5学部に増加した中での人文学部の新たな位置付けや役割、女子学生の急増、一般教育改革と人文学部教育の見直し等の学内的情勢の変化がみられる一方、国際化、情報化、高齢化などの社会的経済的情勢変化、そして大学改革への社会的要求の高まり、全国的な人文系学部・学科の新増設の動向などの社会的環境の変化も著しい。今回の「学部再編計画」は、本学部がこうした内外の変化と社会的要請に積極的に対応することが必要であるとの認識に立って作られた「将来計画」である。

 


中期的将来計画の基本的諸課題

 人文学部の「将来計画」には長期的課題と中期的課題があるが、ここでは当面する中期的課題の骨子を学部教育にかかわる部分を中心に紹介する。

1.学科のカリキュラム改革を進め、学部の複合的教育大系の一層の整備・充実を図る。

【人間科学科の教育課程】

  1. 学科の中心的教育領域の明確化とその体系的履修を確保するとともに、学科の多様な側面を生かせる自由度を高めた履修方式も工夫する。
  2. 専門教育と一般教育を一体化した教育課程を編成する。また、学科の共通科目を積極的に位置付け、学科による共同研究の成果を反映させる。
  3. 実験・実習や実践的・体験的学習を積極的に位置付ける。
  4. 諸資格課程の充実整備を図る、など。

【英語英米文学科の教育課程】

  1. 一定の領域を核とした履修の基本的枠組(コース)[例えば 1.語学・コミュニケーションコース 2.文学・文化コース]のいずれかの選択的所属を基本とした履修体系を設定する。
  2. 専門科目を厳選して、コース、学科を越えた選択科目の自由な履修を可能とする。
  3. 学科の基本課題として、英語運用能力の向上を重視する。それを促進する為に、本格的な中長期の海外研修制度の確立、英検・TOEFLなど英語関連の検定、資格試験への積極的挑戦、コンピュータなど語学学習機器の積極的活用を進める。


2.学部・学科の学生収容定員の見直しと教員スタッフの充実を図る。

3.高度専門教育を可能とする大学院開設の早期実現を目指して準備を開始する。

4.学部充実計画に関する課題学部教育の一層の充実をはかるために当面促進すべき課題としては次のようなものがある。

  1. 学部に社会人・外国人や編入学生など多様な学生を積極的に受け入れる体制をさらに整備する。
  2. 新卒学生の受け入れに関する入学試験制度の抜本的見直しを図る。
  3. 他学部、他大学との単位互換制度を促進する。
  4. 学部における4年間一貫した少人数教育体制の確立を図る。
  5. 進路(就職・進学)支援体制の確立と資格課程を生かした進路の開拓を図る。
  6. 教育目標の実現に向けた教員スタッフの充実強化を積極的に図る。

(廣川和市)

「一般教育改革」がめざすもの

  一般教育改革の検討は、従来の一般教育課程の硬直性への反省、5学部体制への移行に伴う学部の相対的自立化、学部一貫教育への志向などを内在的要因とし、「一般教育課程」と「専門教育課程」の区分をなくすという大学審議会答申(1991年2月)及び大学設置基準の改正(91年7月)を外在的要因として、本学では1991年から着手された。1993年3月に「大綱答申」が出され、これを受けて翌94年1月に「『一般教育』改革-細目答申」に関する中間答申」、同年6月の「『一般教育』最終答申」更には、95年6月の「一般教育内容検討委員会答申」を経て、95年11月の大学協議会で最終案が決定され、96年度から改革がスタートすることになった。この最終改革案は、「大綱答申」をグランド・デザインとしてはいるものの、当初重要視されていた諸課題の軽重の見直しがなされ、また、新たな種類の課題が付加されるなどの紆余曲折を経て成立したものであり、「大綱答申」とは大きく異なっている点が多々ある。未だ、人的・物的な実施体制、責任体制の在り方に未確定な部分を残しているが、これは今後解決されるべき課題である。

改革の三本柱

〈全学共通基礎科目と全学共通科目〉

  第1番目は、従来の科目区分を改組し、専門教育の基礎をなす科目群である「全学共通基礎科目」と幅広い教養を養成する「全学共通科目」に二分したことである。前者をI類とし、後者を更にII~V類に分類してある。前者では、高校教育の補正と大学教育のための基礎力の養成に主眼が置かれており、外国語、情報処理、論述・作文法、スポーツが含まれる。後者では、人文・社会・自然科学の枠組を変え、多様て専門性の高い教養教育を施し、深くて幅広い人間的な教養を備えた人材の育成が目指されている。そのため、環境問題、健康科学などの現代の重要課題を、学部を超えて複数の教員が共同て担当する全学共通の総合講義を開講する他、自分の所属学部以外の専門科目の履修(他学部履修)を促すため、このうち最大8単位までを「全学共通科目」として単位認定する措置が講じられている。この趣旨にかなうよう科目の性質上他学部学生に開放できないものを除き、各学部とも最大限の科目を開放している。

 


〈セメスター制〉

  第2番目は、国際交流を推進するために、また各種資格課程の講義時間を確保し、教育内容の充実を図るには半期の授業科目をもってカリキュラムを組むことが望ましいこともあって、原則として全ての科目がセメスター化されたことである。現在は、アメリカのパシフィック・ルースラン大学(PLU)1校との間で相互交流の提携がなされているだけであるが、今後、欧米の他の大学、アジアの大学また国内の大学との間でも交流を推進してゆくことに対応したものである。

〈シラバスの導入〉

  第3番目はシラバスの導入である。講義のねらい、内容、方法や順序などの情報を予め学生に提示して履修の便宜を図ることが主たる目的であるが、これにより同時に、教員同士が互いの講義の中味を知ることができるようになり、その結果、各教員が個人または教育者集団として教育方法の改善や開発に取り組む基礎的条件が整い、また、有機的に連関する科目構成を検討できるようになった。

 ただ、この改革を真に改革たらしめるためには責任と権限を持った強力な組織の確立、人的・物的な体制の整備、教育者集団の形成などが不可欠の条件になる。また、それぞれの教員の意欲が生かされるか否かに、この改革の成否がかかっている。

(川合増太郎)

 英語・新カリキュラムがスタート 

  ついに4月より、全学部を対象に、英語の新カリキュラムがスタートした。この新カリは従来の一般教育の英語を抜本的に見直し、様々な試みを盛り込んだ改革がなされている。

 日本の大学教育については、様々な批判がある。英語教育も例外ではない。一言でまとめれば、社会や学生のニーズに大学が応えていない、ということになろう。反論は差し控えたい。まずは批判を謙虚に受け止め、そして、今何をすべきかを第一に検討を積み重ねてきた。
 我々の出した結論はこうだ。限られた条件の下、学生たちの要望に応えながらも、いかにして英語力を付けることができるか。これが実に難しい。まず、学生たちの英語力に格差がありすぎる。次に、90分の授業が週2回しかないこと。そして、受講する学生の総数が、約4,000人にもなるからだ。
 それでは、新カリでは具体的にどう変わるのか、要点を絞って紹介してみよう。

  1. 週2回の授業の内、一つは日本人教員、他方は外国人教員が担当する。
  2. 日本人教員は、現代英語による多彩な教材を用いる。そして、英語四技能の基礎力と実践力とを養成する。特にリスニングには力を注ぐ(共通教材の併用など)。
  3. 外国人教員は、基本的な日常会話力の養成に力を注ぐ。そのために、共通の項目を設定したプログラムを進める。
  4. 日常生活に最低限必要な基本語彙、約2500語を定める。全ての英語教員がその養成に力を注ぐ。加えて、リーディング用の語彙を別に定め、主に日本人教員が指導する。
  5. プログレス・テスト。学生の英語力の向上度を診るため、学年末に共通テストを行う。
  6. メニユー選択クラス。学部ごとに、特色ある授業内容を設定し、日本人教員が担当する。その中から学生は、関心のあるクラスを選択する。
  7. 習熟度別クラス。学生の英語力に適したクラス編成を行い、外国人教員が担当する。
  8. さらに意欲ある学生たちのために、3・4年次用のクラスも検討中である。
  9. なお、施設面でも充実を図りたい。語学教室には、視聴覚設備の設置を進めている。LL機器の更新を申請中である。また授業以外でも、学生が自主的にパソコンを使って学習てきるシステム(CALL)の設置も申請中である。さらに、インターネットを使った英語教育の可能性も検討中である。

 以上が概略であるが、これから検討すべき課題は山積みになっている。
 日本の大学の英語教育は、様々な問題点を抱えている。各大学によりその事情は異なる。その意味では、大学の数だけ教育方法がある、と言えよう。今回我々は、国内そして海外の英語教育の現状を押さえながらも、札幌学院大学に適したカリキュラムを作成したつもりである。
 この英語カリキュラムの主役は、学生たちである。我々教員は、その手助けに徹するべきである。この点さえ忘れなければ、成果は期待できると信じている。

(中村敦志)

新履修要項(シラバス集)を発刊

  本学では96年度より全学でシラバスを導入することが決まった。「全学共通科目」(従来の「一般教育科目」に相当)と各学部専門科目用の新履修要項が、各学部毎に分冊されて発行されることになった。従来までは授業科目の内容を簡潔に紹介したものを集めて「履修の手引」として提示されていたが科目選択の情報に乏しいとの批判もあり大幅な改善がなされた。

 シラバスの定義は必ずしも一義的てはないが、おおよそ講義計画案と理解してもらってよい。「全学共通科目」と人文学部専門科目の履修要項では、各科目のシラバスが、最大限B5版2枚にわたって、講義のねらい、講義内容、方法、年間(半期)計画、教科書、参考文献の他、評価方法も掲載している。
 学生は最低限「全学共通科目」用と学部専門科目用の2冊を読む必要がある上、他学部履修や資格課程の受講を望む者は更にその分の履修要項に目を通さなければならない。要項を熟読することにより履修に必要な情報を予め知ることができるので、履修計画の作成に威力を発揮することは間違いない。大いに活用されるよう期待したい。

(川合増太郎)

第一回人文学部 「教育実践研究交流会」

『二十一世紀の英語教育』 -本学の英語教育改革-

  人文学部ではかねてから大学教育に関する研究の必要性が提起されていた。この度、学部の研究活動の新しい試みとして、大学の教育問題を議論する教育実践研究交流会を開催した。その第1回が3月4日に『二十一世紀の英語教育』をテーマに開かれた。
 本学では今年度より従来の一般教育に代わって全学共通教育が実施されることになった。その中でも第一類(基礎共通教育)にあたる語学教育、とりわけ英語教育では、新しい理念と方法による画期的なカリキュラムが導入されることになった。これは国際化の進展で語学教育への期待が一層高まっていることに呼応して、ややマンネリ化していた本学の語学教育を飛躍的に発展させることを目指したものである。
 さいわい数年前から英語英米文学科ではネイティブ教員を含むスタッフが、英語教育の現状と問題点、その新しい動向、英語教育方法論、語学教育機器の活用方法などに関する組織的研究を継続的に積み上げていた。その研究蓄積を生かして新しいカリキュラムが検討され、この度の「一般教育改革」にその成果が生かされることになった。教育実践研究交流会では、このプロジェクトのまとめ役を担った中村教員の司会により、岩城、イデ、西出、宮町の各教員から「英語教育の現代的課題、本学の英語教育の現状と問題、新カリキュラムの理念と方法」などに関する報告や、語学教育機器のデモンストレーションなどがあり、その新カリキュラム実施の意義とそれに取り組むスタッフの意欲が示された。その報告をもとに参加者との質疑討論がなされ、新しい検討課題や注文もだされていたが、新カリキュラムの成果に期待する意見も表明されていた。
 人文学部では今後も大学教育の充実にかんする研究活動を組織的に取り組み、定期的にその成果を発表交流する会合を開いて行く予定でいる。

95年度 人間科学科卒業論文報告会

  卒業論文が必修となっている人間科学科では今年も2月2日~3日にわたってコース別に発表会が行われた。報告時間10分、質疑5分の持ち時間の中で熱のこもった発表がなされ、しばしば教員学生の質疑に時間オーバーも。今年の卒論の講評を各コースの教務委員にお願いしてみた。
  今年度の卒論提出者は32名と例年よりやや多かった。卒論発表会には、常時20名程度の参加者を得て、熱気のある発表が行われた。

 文化グループでは例年ゼミのテーマにそった卒論が書かれるが、このなかでも、自らの制作実験に基づいて石器を論じた鶴丸ゼミの「石器制作実験の報告とその結果の考察」(神谷和弘)、クマや海獣といった動物意匠の側面から文化を考察した「オホーツク文化に関する一考察」(舛屋佳子)が独自性のある良い論文であった。また、奥田ゼミの「アイヌ伝承にみられる『あの世」の特徴」(真鍋夕樹)は本文150枚をこえる力作であり、「『アイヌ神揺集」と『知里幸恵ノート』の関係」(佐々木貴士)は原典を緻密に比較検討してテキスト分析を行った秀作である。また、佐倉教員指導の人類学の論文が初めて書かれ、辻大士郎と永田一郎の共同執筆になる「現代日本人における眉間および鼻の側面観の性差と年齢差」は、写真観察と実際の人間合わせて100名以上を調査研究した異色のものであった。
 思想・哲学グループでは、宗教関係が6本と多いが、哲学関係の論文の提出はなかった。なかでも、宮内ゼミの「ファンタジーが映し出す世界—ミヒャエル・エンデの作品にみる『鏡』を通して—」(藤川真千子)、「『韓非子』—自著の特定と成立過程の考察—」(大倉智幸)は粘り強い研究の跡が窺えるもので、杉山ゼミの「マスコミと言語生活~『前畑ガンバレ』をめぐって~」(田近玲欧奈)は、「頑張る」という言葉を手掛かりとし、この言葉の起源、成立・普及過程、マスコミの影響、教育の役割を始め、ヒステリー性や、努力志向など日本人の民族性まで論じた、出色の卒論であった。
 卒論は4年間の学業の総決算である。各自の問題関心に従ってテーマを選び、絶えず自分自身や自己の問題意識と内なる対話を繰り返すことに心を砕いてほしい。そうすれば、必ず良い論文になるだろうし、自分の精神的な財産となって、社会に出てからも何らかの形で必ず役に立つはずである。

(川合増太郎)

 社会生活と人間コース 

  今年度は35名の卒業論文の発表があり、会場では2日間に渡り緊張の中にも熱のこもった発表と質疑が行われた。それぞれのテーマは各学生の問題関心を反映して多様な広がりを見せた。

 卒業論文の質は、問題意識の鮮明さや先行研究の検討の確かさとともに、調査研究であれ文献研究であれ、自分が得た資料をいかに大切に出来るかという点にかかっている。この点で、佐藤範子(松本ゼミ)「『生活者』としての精神障害者をとらえる-精神障害者当事者組織S会における生活史聞き取り調査より」、石橋亜希子(酒井ゼミ)」「日本における外国人女性労働者の現状-フィリピンから北海道にやって来た女性たち」など、困難な聞き取り調査に飛び込んで行き、話してくれた人の側に寄り添って論文をまとめようとしたものがいくつか覚られたことは収穫である。学生の確かな人間観がうかがえた。また田原史子(船津ゼミ)「高校日本史教科書の内容分析-近現代史を中心に」、山本智大「ナチス・ドイツ時代の強制労働」なども、限られた文献資料を丁寧に扱って手堅くまとめていた。
 また布施ゼミの外崎裕子「知的障害者の老後-高齢期における施設の役割」、谷口恵美子「訪問看護についての一考察—北海道の訪問看護ステーションの現状と問題点をもとに」など、実践的に重要な課題を、手堅い調査をもとに論じていったものが見られたことも印象に残る。その他の多くの力作が報告されたがすべてを紹介できないことが残念である。

(松本伊智朗)

 人間の形成と発達コース

  1995年度の卒論提出者は63名であった。

 発表会には常時30名前後の参加者があり、とりわけ3年生の参加が目立ち、次年度の卒論執筆に対する意欲が窺えた。
 心理臨床系のゼミでは「身体イメージとの関係から見た自我同一性」(清水ゼミ…大和田朋子)「自我同一性地位と性役割に関する研究」(同ゼミ…大野由美子)や「いじめと性格特性の関連性について」(滝沢ゼミ…池上陽子)「腫瘍によって女性性を傷つけられた事例についての検討」(小山ゼミ…細川澄子)「痴呆老人の心理学的考察」(同ゼミ…笠嶋真理子)など、事例・調査をもとにした論文が目立った。生体情報をメインにすえた澤田ゼミでは「生理反応・心理評定によるパーソナル・スペースの検討」(谷口季代視)「自己意識の心理学的研究」(高橋文徳)、知覚および認知発達を中心としたゼミでは「子どもの死の概念の発達過程に関する研究」(小林ゼミ…阿部由里子)「子どもの遠近法の獲得」(同ゼミ…田村哲也)「人の問題解決について」(北島・廣川ゼミ…菊池美智子)、教育学中心の鈴木ゼミでは「授業づくりの研究」(桜井信太郎)「聴覚障害者教育の創始と手話の成立」(横山曜子)、そしてマスコミ論中心の本間ゼミでは「ケルト人の死生観」(青島加奈子)「エイズパニック~人権侵害と偏見」(蹴揚節子)などのテーマが取り上げられた。
 本コースはとくに人間の形成・発達過程を心理学および教育学の視点から取り組んでいるが、その名のとおり卒論テーマは実に幅広い。しかも各ゼミとも時代に即応した今日的テーマでの取り組みが目立ち、力の入った論文が多くなった。自分の足をフルに使って書き上げた論文が多く年々論文の質は向上し、次年度も期待がもたれる。

(小山充道)

人文学部教養ゼミ合同講演会

 人間科学科の教養ゼミ及び英語英米文学科の英文購読Aでは、新入学生の仲間作り、大学教育のための基礎的諸能力の涵養、専門課程へのオリエンテーション、学習意欲・目的・動機の喚起、自発的な問題意識の養成、問題発見能力の育成等が教育目標とされており、科目の性格上必修科目に指定されている。

 人文学部教養ゼミ合同講演会は、こうした教育目標、特に学習意欲・目的・動機を覚醒させ、自発的・主体的に問題に取り組み、考察する姿勢を養成することを目的として、一昨年より始められた。学外講師を招いて、現代的で重要な問題や学生自身に直接関わる問題等について実体験に基づいて講演を行ってもらい、学生諸君に新鮮で深い刺激を与えることに最大の力点を置いている。
 一昨年は北海道血友病友の会関係者の方に、エイズ薬害問題、いわれない差別や誤解、日本各地のエイズに関する活動等について話してもらった。昨年は札幌近郊でそれぞれ高校の教諭、学芸員として活躍している本学の卒業生2名を講師に招き、実社会での仕事の内容や苦労、学生時代をいかに過ごすべきか、何をどう学んだらよいかといった事柄に関する講演がなされた。
 多数の学生が講演会終了後に講師を囲んで熱心に質問を浴びせていたことからも、学生に相当強いインパクトを与えることができたと思われる。ともすると、モラトリアムの期間になりがちな大学の最初の2年間を、目的意識をもって有意義に過ごす一つのきっかけになっているようである。
 このような試みは極めて有意義で効果的だと思われる。今後とも様々な形態で維持・定着させ、絶えず新入生諸君に様々な問題を投げかけていく予定である。
 今後は時間の設定、学部全体の協力、広報の仕方を工夫して、できるだけ速やかに「教養ゼミ合同講演会」から全学年を対象とした「人文学部講演会」へと発展させてゆく必要があろう。

(川合増太郎)

95年度の 社会福祉実習 (社会福祉主事課程)

  95年度の社会福祉実習は38名の学生の履修で行われた。内訳は人間科学科30名、英語英米文学科1名、法学部1名、社会情報学部4名、経済学部2名である。本実習は社会福祉主事課程のカリキュラムの一環としておかれている。実習先は特別養護老人ホーム、知的障害者施設、児童養護施設など、生活型の社会福社施設で、計19ケ所にお世話になった。4月からの事前学習の後、施設での実習は3週間持たれ、多くの場合、実習生は泊まり込みの実習を行った。

 実習内容は、お年寄りの施設、障害を持つ人の施設、子どもの施設など施設種別によって異なるが、全ての学生が貴重な体験と学びをしたことは共通している。この体験と学びは、実習先の施設の諸先生の学生に対する献身的な指導と、そこで暮らす方々の深い理解に支えられている。ここであらためて感謝申し上げたい。
 学生の手による実習報告書は別途発行されるが、以下12月に行われた実習報告会での学生の感想を紹介したい。
 「Yさんは片マヒで、部屋にとじこもりぎみ。何とか一人で車椅子に乗れないかと職員は試行錯誤した。ある日一人で移動し、職員も全員で大喜び、本人も自慢気だった。小さな事だけど、涙か出るぐらいうれしかった。生きる喜び!!」「落ち込み、悩み、時には自分が嫌になるぐらい情けなく、失敗を繰り返しそして考えたこの3週間は、私にとって貴重な日々だ。みんなに本当に感謝します。」
 こうした体験と学びに、より豊かな裏付けを与えるためにも、また卒業後こうした社会福祉の現場に飛び込んでいく学生を支えるためにも、さらなるカリキュラムの整備が急務である。

(松本伊智朗)

次々と海外へ留学・研修・派遣

PLU第1期留学生のアメリカ生活始まる

  1996年度前期のアメリカ留学生7名が3月19日成田を発ち21日から憧れのアメリカン・キャンパス・ライフをワシントン州タコマ市郊外にある名門パシフィック・ルースラン大学(PLU)で開始した。本学からの第1期留学生は人文学部英語英米文学科5名、法学部1名、社会情報学部1名の7名である。(なお、8月に出発予定の後期の留学予定者は19名で内訳は英語英米文学科15名、法学部3名、社会情報学部1名である。)最初の2ヶ月間は集中的に英語力の向上に努め、3ヶ月目からはアメリカ研究の講座を受講し、アメリカの歴史、文化、そして現代的課題について学ぶ。PLUは米国北西部に在住するルーテル派の信者によって1890年に創設された大学で、現在でもスカンジナビアやドイツの伝統を色濃く残し、質の高い教育・研究機関として、米国西海岸で高い評価をえている。

 PLUはそのキリスト教精神に基づいた基本的使命を次のように宣言している。PLUは「人間のおかれた状況を理解し、人間的価値と霊的価値を批判的に意識し、明確にそして効果的に自己表現できる聡明な人材の育成」を目指している。また、大学教育の目的には「自分自身ばかりではなく、良心の術として、奉仕の道具としての知性を豊かにする」ことを掲げている。
 PLUの在学生は聴講生も含めて1995年度で約3,500名で、学生対教員比率は15.5対1である。敷地面積は126エーカーの広さを有し、50万冊を所蔵する図書舘を始め、LANシステムで結ばれた近代的施設が緑豊かなキャンパスに点在している。学部体制は人文科学系の学部・学科が中心となっている。主な大学院修士課程としては、コンピュータ応用学、教育学、社会科学、経営学、体育学、コンピュータ科学があり、その他に英文学、哲学、人類学、経済学、歴史学、政治学、心理学、コミュニケーション、音楽を含む多くの学士課程が開講されている。
 本学との提携校であるPLUでの滞在期間は本学の在学期間に算入され、半期分に相当する単位認定が行われる。リスが戯れ緑溢れるキャンパスで多くのアメリカ人の友人を作り、ホストファミリーでの日常生活を楽しみ、タコマ市周辺に広がる広大な自然の素晴らしさを満喫しつつ、しっかりアメリカ社会を観察し、自分が日本人であることに開眼し、実用的な英語の力をつけて、この9月に全員元気に帰国することを期待したい。

(宮町誠一)

☆第13回短期語学研修に22名が参加 -UCデーヴィス校にて-

  95年度短期語学研修は2月21日~3月17日までカリフォルニア大学(UC)デーヴィス校にておこなわれ、全学から22名(人文学部からは英語英米文学科から6名、人間科学科3名の9名)の参加があった。参加者は人文学部のT・P・P・グローズ教員、坂井敏子職員に引率されて、3週間の集中的な語学研修を受けながらホームステイによってアメリカ人のコミュニティ生活も楽しむなど、新しい体験を満喫して、全員無事帰国した。研修を受けた学生の中には、PLUでの中期留学に参加したいと、新たな意欲を示すものもいて、参加学生には大きい刺激があったと思われる。

休学して海外に

  国際化の進展は学年にも海外に出る機会を広げている。最近海外生活を理由に休学する者が増えている。人文学部では4月に復学した11名中6名が語学研修などの海外生活者であり、4月から休学した4名の内2名(3月末現在)が海外での語学研修を理由としている。近年は行き先も目的も多様になっている。

本学から第一号の 青年海外協力隊員誕生

  谷口恵美子さん(人間科学科95年度卒、布施ゼミ)が本年度の青年海外協力隊員に採用された。
 谷口さんは筑波大学付属病院で看護婦をしたのち、4年前に人間科学科に社会人で入学し、この3月に卒業した。ゼミでは「訪問看護についての一考察」をテーマに卒論を書き、阪神大震災の時にはボランティアで救援活動に駆け付けるなどの経験がある。卒業後は保健婦になることを希望していたが、青年海外協力隊員に採用が決まり、この7月に赴任地のネパールに出発する予定である。任期は2年で、現地の病院に配属されて援助活動に従事する。
 本学でも青年海外協力隊員の希望者が少なくないが、援助技術の問題で実現が難しかった。谷口さんの場合は看護婦資格を生かしたことになる。

万里の長城をランニング

 人間科学科2年の女子学生8人がこの2月24日笹岡征雄教員とともに中国の万里の長城を15kmランニングした。参加者の一人で中国の留学生イ冬薔さんからその時の感想が寄せられた。

 その日、北京の朝は晴れ上がっていました。2月の北京は風が強く、雲り空が多いので、寒いと思っていた私には、意外な感じを受けました。まるでこれからの私達のランニングを祝福してくれているようでした。
 今回、札幌学院大学創立50周年を祝って企画された、笹岡先生の「万里の長城マラソン」は、とてもユニークなものだと思います。中国でも、近年は走る人も多くなりましたが、日本人として、また、団体で走ることは、画期的な出来事です。
 その理由は、第一に中国の歴史的遺産である長城で、日本人として初めて楽しく走ったということです。第二には、良い空気を吸い、良い景色を眺めながら、身体を動かすと、とても気持ちが良いという、スポーツの原点を味わったことです。まさにスポーツの醍醐味を満喫したマラソンでした。しかし、実際には長城の階段が高く、又、勾配がきついので、走るのは大変でした。苦労をして走り終えた後の、先生や仲間達は、とてもすがすがしい顔をしていました。普通は外国に行くと環境の違いで、身体の調子が仲々維持できないものですが、皆さんはとても健康なので安心しました。これはその日の朝に、栄養のある中国料理を食べたからではないかと思います。
 スポーツは、それを通して身体を鍛え、友好を深め、人生を楽しく生きる一つの手段であると私は思います。今回の活動に参加して、とても有意義で、また、大きな記念となりました。
 最後になりますが、笹岡先生が「万里の長城の一部を走り、学生生活の思い出づくりをしよう」とおっしゃったとおり、私の長い人生の中のハイライトになりました。私が強く感じたことは、参加者の皆さんが、中国の歴史、文化、政治などを、肌て感じられたことです。このことが中国人である私には一番嬉しく思いました。

(人間科学科 3年 イ冬 薔)

二十一世紀の英語教育を考える SGU英語教育研究会主催の講演会

「二十一世紀の英語教育を考える」

 田辺洋二 早稲田大学教授
 10月7日、早稲田大学教育学部田辺洋二教授をお迎えして、講演会を本学において開催した。昨年4月に発足した英語教育研究会が主催して開かれた講演会の演題は「二十一世紀の英語教育を考える—コミュニケーションのための英語教育とは—」であった。函館出身の教授は日本における英語教育の変遷を「過去」、「戦後」、「いま」を具体的に事例を紹介しながら興味深くまとめられ、最後に、将来の英語教育の展望を「日本人アクセントのある世界に通じる英語の時代」と定義され、ますます多様化する「話し言葉」としての英語と、画一化する「書き言葉」としての英語の世界的な潮流の中にあって、日本人学習者が目指すべき「コミュニケーションのための英語」のヴィジョンを示された。
 現在、大学英語教育学会の副会長の要職にある田辺教授は、英語の知識を美学的に評価するのではなく、世界の多様な英語の音声に耳を傾け、英語として通じる自分の発音を開発し、自分を伝える語彙と表現方法を身につけることの大切さを指摘され、集まった70人以上の聴衆の共感を呼んだ。本学学生の他に、中高の英語教員、江別市民も集い、さらに岩見沢からかつてのゼミ生(現高校教員)も駆けつけ、熱気溢れる講演会であった。

 

 


「北海道における米語教育の歴史、今後の展望」

 岩城礼三 教員

 11月11日には本学英語英米文学科の岩城礼三教員に「北海道における米語教育の歴史、今後の展望」について講演を頂いた。米国人ラナルド・マクドナルドか故郷のオレゴン州を発ち、1848年6月27日一人奥尻島に上陸し、その後抑留された日本各地でアメリカ英語を教えた事実を歴史的資料に基づき紹介された。同時に貴重なスライドを活用し、この日本最初の米語教師が世界を放浪した人生、自由を愛する精神を、日本での愉快なエピソードを交えながら、詳細に紹介された。講演の最後にこのような歴史的事実を踏まえて北海道は日本における「アメリカ英語教育発祥の地」であることを確認し、参加した道内各界の英語教育関係者の英語教育に対する新たな意欲を鼓舞するものであった。
 SGU英語教育研究会は今年度も英語教育をめぐる研究活動を重ねつつ学内外の講師による講演会を開いていく予定である。
(SGU英語教育研究会)

心理臨床センター開設記念講演会 「心理臨床家からみた現代の青年」

 山中康裕 京都大学教授

 人文学部心理臨床センターの開設を記念する講演会が11月6日、札幌学院大学で開催された。テーマは「心理臨床家からみた現代の青年」であった。
 講師に迎えた京都大学教育学部の山中康裕教授は、わが国の心理臨床界における中心的な存在である。その業績は海外でも高く評価され、昨年4月国際表現病理学会でエルンスト・クリス賞を授与されている。
 講演の前半では、心理臨床家として救援活動に当たられた阪神・淡路大震災における体験や、オウム真理教事件にまつわる興味深いエピソードおよびこの事件に対する教授の見解などが話された。お話の随所で教授の該博な知識と分析の鋭さが感じられたが、特に麻原彰晃の人物像との関連で触れられたヒットラーについての分析は芸術療法家としての教授の面目躍如たるものがあった。前半部分のそうした話題を通して、山中教授は現代青年の心の問題を論じる際にその背後でどのような事態が展開しているのかを把握しておくことの重要性を強調された。
 講演の後半では、山中教授が提唱しておられる「思春期内閉」(登校拒否、スチューデント・アパシーなど)をはじめとする、臨床例を挙げながら、心理臨床家として現代の青年とどうかかわっているかについて熱弁をふるわれた。また、それらの青年期のクライエントは時代の歪み、問題を敏感に察知し、これを示している時代の先兵であるとも述べられた。教授のお話の迫力は聴衆の心を強くとらえ、講演終了後も立ち去りがたい思いで廊下で語り合っている人々の姿が印象的であった。
 高名な山中康裕教授の講演会ということで、学外からの受講者も多く、北大、教育大、北星大などの学生20名余りを含んで280余名収容できる会場が満席となった。
(清水信介)

一九九六年度 教員採用試験に人文学部で15名が合格  -人間科学科9名、英語英米文学科6名- 

  40人学級がほぼ達成され、また児童・生徒の減少傾向が続くなか、北海道をはじめ全国の1996年度教員採用試験では本学全体で27名、うち人文学部で15名が登録となった。依然として景気の低迷が続いていることも影響して北海道の場合、中学社会では5.5倍(108名登録)、同英語3.7倍(127名)、高校地歴7.7倍(50名)、同公民12.7倍(19名)、同英語3.1倍(85名)、特殊中高・社会3.5倍(89名)という高倍率となった。登録者の多くは早い時期から教職を目指して準備を進めたり、卒業後、道内各地の中学、高校で臨時講師を経験したケース、なかには臨時講師として務めながら通信教育で小学校免許を取得し、小・中・高の免許をもって採用試験に望んだケースも含まれている。

 人文学部では初めて卒業生を出した1980年度以降、すでに各地で教壇に立つ卒業生に新たな登録者を加えると、人間科学科で58名、英語英米文学科で36名にのぼる。今後、教職課程委員会では、卒業生と教職学生が集い教育活動を交流して学び合うことのできる機会、さらには本学大学院で専修免許を取得できる道を利用し、現職教師を含めた研修などを積極的に構想していきたいと考えている。すでに本学では、次年度教育実習に向けて123名(うち人間科学科27名、英語英米文学科25名)の学生が教材研究や模擬授業演習をはじめ、教職特別講座、教育研究会など独自の取り組みを始めている。彼らの多くが、また来年度教壇に立つことを期待したい。

(小林好和)

認定心理士・臨床心理士資格への挑戦を

  日本心理学会認定心理士資格制度は1990年6月に発足し、1994年末現在、862名が資格を取得している。本資格は4年制大学心理学関連諸学科を卒業した心理学修得者に対して、専門家としての基礎資格を与えることで、心理学関係者の資質向上、及び新しい知識・技術の適切な修得、ならびに職域における利益の擁護という視点から検討された資格である。

 資格取得者は、就職後、心理学を学んだ者としてその関係の仕事を優先して受ける可能性がある。また認定心理士を土台に、より高度な資格である臨床心理士資格取得をめざす者もいる。いずれにしても「自分は心理学を学んだ」というアイデンティティの確立に、認定心理士資格が果たす役割は大きい。
 現在のところ認定心理士資格は、基礎科目として、心理学心理学研究法・心理学実験実習などの科目から12単位以上、選択必修科目として、教育心理学・発達心理学・臨床心理学などの科目から26単位以上、計38単位以上の心理学関係科目の単位履修のみの条件で、大学卒業後に認定協会に申請の上取得できる資格となっている。本学では毎年度当初、心理学関係の教員による認定心理士資格取得説明会がもたれている。希望者は学年を問わず、これに参加することを望む。
 過去、本学卒業生で認定心理士資格を取得した者は
 中村深雪・近田佳江・佐藤美香・下浦(旧姓田屋)のぞみ、以上4名でいずれも92年度卒業生である。
 さらに進んで本学卒業後に臨床経験をつんで臨床心理士資格を取得した本学の卒業生では次の人達がいる。括弧内は、現在の勤務先である。橋本まり子(東八幡平病院臨床心理科)・安田昌司(函館富田病院)・福井重人(岩見沢市立総合病院精神科)、以上3名でいずれも85年度卒業生である。
 人間そのものが問われる時代にあって、これらの資格は今後重要な役割を果たしていくことが期待されているので学生諸君の挑戦を期待する。

(小山充道)

定年退職者 

  人文学部関係教員で次の方々が本年3月を以て定年(前)退職しました。永年の御苦労に感謝し、今後のご健勝を祈念します。

・本間富雄教授

 東大大学院社会学研究科修了、1968年に本学に赴任。マスコミ論、社会心理学などを担当。高校新聞コンクール審査委員長を長く務める他、幅広い市民活動でも知られる。学内では教務委員長、図書館長、研究・学会幹事などに就いた他、学園の理事、評議員として明和学園の危機の時代の経営にあたった。1977年4月から人文学部所属。本学の定年まで2年を残し、本人の強い希望で退職となった。

・鮫島和子教授

  北大大学院農学研究科博士課程修了後、1968年に本学に赴任。生物学・統計学などを担当。消費者問題や公害問題にも関心を持ち、消費者教育学会道支部長なども歴任。図書館長を7年間務めて本学図書館の基礎を築く。山岳部顧問。1986年にオオバナエンレイソウの研究て農学博士。人文学部には1977年4月から86年3月まで所属、商学部を経て91年4月からは社会情報学部に所属。

本間富雄先生最終講話 

  本間富雄教員の最終講話が、人文学部と人文学会の主催で、3月4日に開かれた。
 当日は、学内の教職員は勿論、卒業生、在学生、本間教員の幅広い社会活動に関係のある市民の方々も多数参加し、会場に入り切らないほどの盛況であった。
 本間教員は「私の大学論」をテーマに戦後50年と大学教員生活を振り返りながら、定年前に退職する意図も含めて約1時間淡々と講話をすすめられた。講話では国家、大学、自身(私)の3つをサブテーマに、今まで興味を持ち考え続けて来た問題を体験と照らしながら独得の切口で論評された。その基本的なメッセージは、この世は「繁栄と平和」「頂上」を極め謳歌しているが、その裏には深刻な「危うさ」「行き詰まり」が潜んでおり、そのアンビバレンツを鋭く感じ取ることがいかに大事であるかということであった。それは本学の現在にも通じる問題てあると鋭く指摘された。
 講話終了後に開学時の苦楽を共にした人文学部の高岡教員から学部を代表して、ねぎらいとお別れの言葉があり、杉本学長、鈴木法学部長、卒業生、在学生からも送る言葉が寄せられた。また本間教員の政治活動を通じての弟子という荒井聡衆議院議員も駆け付けて挨拶されるなど大幅に予定の時間を越えて熱っぽい交流が持たれた。

藤井先生を送る会 

  また、同日4時から同じ会場で4月から静岡大学情報学部に転出する藤井史朗教員を送る会が人文学部社会調査室の主催で開かれた。同僚教員、卒業生、在学生など約40人が参加して、藤井教員が学院大での15年間の研究教育活動を振り返りながらの「社会学と私」をテーマとする講演を聞いた。その後は、建学記念館に会場を移して懇親会が開かれ、調査室関係の職員の方や仕事を終えて駆け付けた卒業生も含めて久し振りの再会で話に花が咲いた。

95年度学部教員の人事、研究活動等   (10/1~4/1) 

◎教員の異動

 ▼退職(3月31日付)
本間富雄(マスコミ論)
藤井史朗(産業社会学) 静岡大学情報学部へ転出
L.A.Gaunt(英語)
J.S.Walsh(英語)

▼採用(4月1日付)
助教授 湯本誠(産業社会学)、立命館大学大学院社会学研究科博士課程単位取得、滋賀文化短期大学講師
講師 O.S.Inglin(英語)アメリカ、ビクトリア大学大学院修士課程修了
講師 C.L.Cowell(英語)オ-ストラリア、ディーキン大学卒

▼昇任(10月1日付)
教授 滝沢広忠
教授 前田武男

◎在外研究員

 中野 徹三
95年10月2日~96年3月31日
ドイツ 「20世紀ドイツ社会主義および旧東ドイツの研究」

小山 充道
96年4月1日~97年3月31日
アメリカ 「医療カウンセリングに関する研究」

◎海外研究出張

 笹岡 征雄
95年12月7日~12月14日
アメリカ 「第23回ホノルルマラソン大会参加と情報交換」
96年2月22日~2日26日
中国 「万里の長城ランニング」

坪井 主税
96年1月4日~1月15日
イギリス 「平和博物館資料収集」

内田 司
96年2月12日~3月24日
イギリス 「資料収集、研究打ち合わせ」

松本伊智朗
96年3月23日~3月31日
オランダ 「障害児・者福祉の現状調査」

◎人文学部教員出版物

 小山 充道編著
『失語症・回復への道』㈱学苑社1995年2月 2,800円

前田 武男(分担執筆)
稲垣忠彦他編『日本の教師第24巻』ぎょうせい 1995年9月 3,200円

及川 英子(翻訳)
エムリス・ジョーンズ著『シェークスピア劇における場面形式』行路社 1996年3月 4,120円

杉山 吉弘(翻訳)
バリバール著『マルクスの哲学』法政大学出版局(叢書ウニベルシタス) 1995年12月 2,472円

西出 敬一(分担執筆)
歴史学研究会編『講座世界史四-資本主義は人をどう変えてきたか』東京大学出版会 1995年9月 2,472円
梅棹忠夫他編『世界民族問題事典』平凡社 1995年9月 19,800円

◎委嘱発令

 ・滝沢 広忠
日本心理劇学会理事 95年度

岩城 礼三
大学英語教育学会評議員・道支部顧問 95年8月~96年7月
北海道英語教育研究会顧問 95年10月~96年9月
日本英語教育学会道支部長 95年8月~96年7月
日本英語検定協会道支部長 95年4月~96年3月

酒井 恵真
日本村落研究学会理事 95年10月~97年9月

西出 敬一
人権擁護委員(法務省) 96年3月~98年2月

—訃報—

  かつて人文学部に在職された、次の方々が逝去されました。謹んてご冥福をお祈り致します。

1月16日 根市高志氏(81歳)
 カナダ・バンクーバー生まれ。戦後まもなく、札幌で英会話塾を開設するほか、道内の各大学て英会話を指導され、北海道の英語教育の草分け的存在。
 1968年4月~74年3月まで札幌短期大学の教員、1978年4月~87年3月まで本学人文学部教授、主に英会話を指導された。

2月16日 花田圭介氏(74歳)
 東京都生まれ。東京帝国大学哲学科卒、北海道大学文学部教授を経て、1987年4月から本学人文学部教授に。哲学関係の講義を担当され、91年3月に退職。西洋哲学、とりわけフランシス・ベーコンの研究者として著名。

編集後記

 本号で第4号を迎える人文学部報もその形式と構成がほぼ定着し、本学人文学部の現状を学内外に伝える情報源の一つとして着実に根を下ろしつつあるようだ。
 本年4月からは一般教育改革による新カリ、なかでも一般英語の漸新な新カリがスタートする。今号は教育改革の特集を組んでみた。
 96年は本学開学50年にもあたり、大学全体が歴史を振り返りながら将来への展望を考える節目の年となることであろう。
(中川正紀)
  • 発行日: 1996.04.01