心の手帳 49号(2016年3月)

広大な一時の世界

タイトル画像
 寒い冬、冷たい風に肩をすくめ、身体を小さく固くして外を歩いていました。それでも、積もった雪がキラキラと輝くほどに太陽が顔を覗かせ、雪解け間近で身体も少しほぐれそうな今日この頃。今年は雪が少ないように感じられましたが、一時の白銀の世界が私は好きです。真っ白な雪、誰も歩いていない道、自分だけの足跡をつける瞬間は、何か感じるものがありませんか?一面真っ白だったら、はみ出てはいけない線もわかりません。どこへでも行けます。足跡の裏からこっそりと、春が顔を覗かせる季節になってきましたが、皆さんも雪解けの前にぜひ、道なき道を、どこへでも好きなところへ踏み出してみてください。いつもとは違った世界が待っているかもしれません。

心の言葉

久蔵 孝幸〔心理臨床センター研究員・臨床心理学科教員(臨床心理士)〕
 子どもの頃、世の中にはサラ金問題と呼ばれる社会問題がありました。もう30年以上も前のことでしょうか。そのあと何度も歴史は繰り返し、形を変えてお金の問題が世間を騒がせ続けています。カード破綻、ヤミ金、多重債務、いろいろです。
 サラ金の話をしたいのではありません、当時まだ小学生だった僕は、ある日母に唐突に言われたのです。
 「大人になってもサラ金からだけはお金を借りるんじゃないよ」
 そもそも、お金を借りるということ自体が身の丈からあまりにもかけ離れたことでしたから、ポカンとしていたのでしょう、そのためか何度か時を変えて同じことを言われた記憶があります。
 中学を卒業する時に校長先生から一人一人にいただいた色紙には、「人間至る処青山有り」とありました。もちろん意味が分かりません。いったい何人に同じ色紙を書いたんだろ?なんて失礼にも思っていたわりには、なぜだか今も記憶にあるのです。
 記憶に残る言葉にはよい言葉だけではなく、嫌な言葉ももちろんあります。また、なかなか答えのわからない言葉もあります。大学の恩師のつぶやいた言葉の意味、なんとなく印象深くも分かったふりをして聞いていた言葉が、それが10年以上たってから、ハッと合点のいく、謎かけのような時限装置つきの言葉もいくつもあります。
 言葉は、時を超えて持ち運びができる大切なものだと言う人がいます。もちろんその時その場のまなざしや手のぬくもりなどの、言葉ではない出来事も大切ですが、言葉の記憶は自分自身の加齢とともに意味が深化するかのようです。
 そういえば、母からはもう一つ、「野菜をちゃんと食べなさい」と、ことあるたびに言われていました。真剣にその言葉を聞いていたことなど、たぶん一度もありません。ありませんが、今でも買い物をする時に、野菜を買わなきゃ、と思うのはうまくしつけられたと感謝するしかありません。
 なにより、記憶にあるのが「サラ金から金借りるな」だけでなくて、よかった。

実習生(大学院生)のつぶやき

挿絵
 中島美嘉さんのOver Loadという曲の中に「大人になって気づいたのは、大人になんてなれないこと」という歌詞があります。成人式を終えて3年が経ち、気づけば大人と呼ばれる年齢になりました。大人になればもっと世界が違って見えるのだと思っていたけれど、そうでもないかもしれない。そんなことを思うとこの歌詞が頭に浮かびます。大学に入学し、1人暮らしを始めたころはよく「家に帰りたい」と泣いていた私でしたがそんなこともすっかりなくなり、そんなこともあったなと思うこともあります。これから先色々なことを経験していくなかで、子どもの頃と変わらない純粋に物事をみる気持ちを忘れない素敵な大人に成長していけたらなと思っています。
(K.S.)
 
イラスト:ふわふわ。り